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薬草クラブ モモ

モモ(白桃花、桃仁)Prunas persica BATSCH、(バラ科)

 

モモはバラ科の落葉樹で中国の黄河上流の高原地帯の原産といわれ、ここから東西に分布しながら多数の品種を分化していったものと考えられています。

日本への渡来は古く、古事記の説話に黄泉(よみ)の国でイザナギの命が、邪鬼に追われて桃の大樹に隠れ難を逃れ、その実を採って投げつけると

「雷(いかずち)ども退きぬ、これ桃を用いて鬼を防ぐことのもとなり」

と記されていることから、古事記成立の七一二年ころにはすでに渡来していたことになります。

因(ちな)に七世紀後半、持統天皇の藤原京の遺跡から「桃仁七升」と記された木簡の出土が発見されています。

当時の日本で、すでに渡来し、栽培されていた証ですが、食用ではなく薬物「桃仁」を得るためのものと考えられます。

今日、果物店に並ぶ大きな食用のモモは、明治のころにアメリカや中国から果樹として導入した新品種です。

 

桃は金果とされ、西方の象徴とされ、陰陽五行説では金の気に属します。

金の気は五気の中で最も強く堅固であることを意味し、魔除けとしてもモモの意が理解できます。

「雛祭り」は「桃の節句」とも呼び、桃の花を供えて、子供の無病息災を祈るものです。

 

1、モモ(果肉)

[気味]甘・酸、温

[帰経]肺・肝・胃・大腸

[主治]疲労・寝汗、虚労の咳・喘息、便秘(補気生津・生津潤肺・養陰潤燥・利肺鎮咳)。血液を活性化し、唾液の分泌をうながし、食物を消化させ、月経を通じさせる効能を持っています。多食すれば膨満し、瘡癰(腫物)やできものを生ずる。

 

桃の青い物は小毒があり、青い生桃を食べるのは控えましょう。

熟すと、その毒性は少なくなり、完熟すると毒性はなくなります。

桃の皮は毛があり剥がしにくい時は、お湯にくぐらせ、氷水で冷やすと、皮が簡単に剥げます。そのままにすると、茶色く変色します。その場合は、少しレモン汁をかけて冷蔵庫に保存します。

 

2、モモ(桃仁)

[気味]苦・甘、平

[帰経]心・肝・大腸

[主治]消炎性駆瘀血薬として、下腹部の満痛・腹部の血液の停滞、月経不順。単味では産前産後、血の道、月経不順や更年期障害に(破瘀行血、潤腸通便)。

桃の実(桃仁)にはシアン化合物(劇毒)が少し含まれ、煎じると大部分が分解しますが、薬用量を厳守し、生で食べないでください。

 

3、モモ(白桃花)

[気味]苦、平

[帰経]―

[主治]蕾が膨らむ寸前に萼ともに採収し、天日乾燥したものが白桃花(はくとうか)で、利尿・瀉下薬として水腫や便秘症に用いる(利水通便)。

桃の花の薬性は、走泄(通じが良い)・下降であって、能く大小便を利する。

蜜漬けした桃の花は、大便の通じを利するのに最も効果があります。

また、乾燥させた桃の花は、煎じて服用し、小便・淋閉を利するのに用います。緩下剤には、桃の花の蕾を乾燥したものを1回2~3gを煎じて服用するとよいです。

 

4、モモ(葉)

[気味]苦、平

[帰経]―

[主治]葉や枝には、シュウ酸マグネシウム、カリウム塩、タンニン、アミダリンが含まれ、あせもやただれの湿疹を防ぐ効果がある。これはアミダリンという成分が分解して、それが最終的に殺菌作用を持つ酵素を生じさせるといわれている。古くから桃の湯は、土用の日に入る習慣があり、皮膚疾患や冷え性に効果がある。

 

桃こそハあますゆくしてねつのもの おほくしょくしてねつきさす也(桃こそは、甘酸ゆくして熱のもの、多く食して熱気さすなり)

もゝくひて水をあふればほともなく りんびやうこそハおこるものなれ(桃食べて、水をあぶれば、ほともなく、淋病こそ起こるものなれ)

もゝの木のまくらきどくのものぞかし ものワすれする人にさすべし(桃の木の枕、きどくのものずかし、物忘れする人にさすべし)

                                    (『和歌食物本草』)

 

桃仁は 産後悪血滞(あくけつとどこお)り 腹痛大便 結(けっ)するによし

桃仁は 湯に浸しつゝ 取上て 皮と尖(とが)りを 去りて炒(い)るべし 

(橋本竹二郎訳『新編和歌能毒』)

お風呂に浮かせて桃花浴などにして邪気を祓うといいます。枝も葉も清潔な香りを漂わせ、香りの成分に皮膚を清浄にする作用があり、痒みや汗には、もってこいの入浴剤です。

・桃の葉風呂の作り方(葉を採取する場合、花が咲いた後に出る葉を採取する)

①新鮮な葉を採取し、よく水洗いしたあと、葉をそのまま細かく刻み、500gを布袋に詰め、浴槽に入れて水から沸かす。

②枝を採取し、これを細かく刻んだものを布袋に入れ、浴槽に入れて水から沸かす。

③乾燥した葉200gを布に詰め、浴槽に入れて水から沸かす。

 

春(はる)の苑(その) 紅(くれなゐ)にほふ 桃(もも)の花 下(した)照(で)る道(みち)に 出(い)で立つ娘子(をとめ)

(春の庭園は桃の花で紅に染まって美しい、その樹の下まで赤く照り輝く道に、ふと立ちあらわれる少女の姿。)

(大伴家持 万葉集巻19-4139)

 

両の手に 桃と桜や 草の餅

(松尾芭蕉)

 

と詠んだのも3月中旬からお彼岸を過ぎるころでしょう。大自然の陽の気が充満し、気血舒暢の季節が到来の到来を表しているようです。

 

桃の語源は、木と兆で「桃」という文字が創られています。

樹に兆もの果実がなるというのが字義で、たくさんの実を付ける桃は、強い生命力や多産、子宝の象徴です。

中国では、紀元前から「私はあなたを愛しています」という言葉のかわりに、桃の実をプレゼントする習慣がありました。

これは「愛しています」よりも、もっと深い意味を持っていて、「あなたの子どもを生みたい」という意思表示であったようです。

おとぎ話の「桃太郎」には、おじいさんとおばあさんが桃を食べて若返り、桃太郎が生まれたという話もあります。

 

また、強い生命力があり、邪悪なものを寄せつけず、邪気を祓う魔除けにもなるという説話や、桃樹信仰などに発展します。

長寿の意味もこめられ、長寿を祝う祝賀の宴を「桃樽」、そのときの菓子を「寿桃」、といいます。

中国の神話に、中国では古くから仙木(せんぼく)、仙果(せんか)と呼び、霊験あらたかな呪力(じゅりょく)を秘めた植物とされているのが桃です。

「中国西方の崑崙山に住む西王母(せいおうぼ)(女神)は、漢の武帝が長生きを願っていることを知り、天降(あまくだ)って帝(みかど)に三千年に一席だけ実を結ぶ仙桃(せんとう)七果を与えた」という神話も伝えられています。

そして、モモの名は沢山なることから“百々”であるといい、また果実に細毛が密生していることから“毛毛”という名がついたともわれています。

 

桃は邪を払う不思議な力が

桃は邪悪なものを寄せ付けず、邪気をはらう魔除けになると考えられました。

 

古代中国では、上巳(じょうし)の日に邪気を除く霊力を持つ桃の木をもってこれを除き、水に流して(曲水の宴)お祓いをするという習慣がありました。

これが日本でも取り入られたのが「桃の節句」の始まりで、やがて桃の花を供えて子供の無病息災と多幸を祈ったものとなりました。

 

また、『古事記』、『日本書紀』に、黄泉(よみ)の国から逃れだすイザナギの命(みこと)が、桃の大樹の影に隠れその実を採って雷公(いかづち)に投げると

「鬼ども退きぬ、これ桃を用いて鬼を避(ふせ)ぐことのもとなり、桃子に「意富加牟豆美命(おほかむずものみこと)」の名を付けた」

とあり、邪悪の根源を断つ不思議な霊力があるとして伝えられる薬草です。

 

卯杖(うづえ)・卯槌(うづち)

桃の木は、古来から邪をはらう不思議な力があると考えられてきた樹木で、卯杖や卯槌の材料にも使用されました。

 

正月の最初の「卯の日」に、宮中に献上されたり贈り物にしたりされたもので、清少納言の書いた『枕草子』などの王朝文学から、平安時代の貴族たちの間でも盛んにおこなわれていたようすがうかがわれます。

これは柊(ひいらぎ)・棗(なつめ)・桃・椿・梅などを材料にしてつくった長さ5尺3寸(約160㎝)ほどの木の棒で、室内の壁などに面して置かれたようです。

このような卯槌や卯杖は、中国古代の魔よけの風習が源流となり、我が国でも日本風に変化して年中行事として定着していったもののようです。