日本ニッケイ 肉桂(クスノキ科)Cinnamomum okinawense Hatusima
寄贈者名・産地・年月日・経歴:2003矢田氏、吉岡氏(山口県自生)
肉桂
[気味]辛・甘、熱
[帰経]肝・腎・心・脾・胃
[主治] 血行をよくする(温中補陽・散寒止痛・温通経脈)
ベトナム周辺原産の常緑樹で、幹の皮をはいで薬用にしたものが桂皮、中国では古くから桂の字をあて、菌桂と呼び、やがては桂枝と名を変え、薬用に重宝されています。これを日本では桂皮と呼びならわし、産地名を冠して、広南桂皮、ベトナム桂皮などと称します。
しかし、日本には育つ環境が無かったため、これの代用(代薬)として、何処からかニッケイ(日本桂枝)を見つけて栽培し、その根の皮を「桂皮」として用いたものと考えられます。
天保十五年刊、大蔵永常(おおくらながつね)(77歳)著、『公益国産考(こうえきこくさんこう)』七之巻に
「「農家の益になる植物の事」に「寛政(1789~1800)の頃九州の或る城下に、山方役を勤めける侍某といへる人、肉桂を植えて益をなさんとて多く実蒔きして苗をしたて、不毛の地を開き植えけること数万本也。夫より十ヶ年余り立て其所の人に尋ねけるに、大益と成りし事を承りぬ。今は諸国にて作るやうに見ゆけれど、わずか五十本百本仕立てぬるを見およべり。土佐の国は昔多く仕立てけると見えて、高知肉桂とて用いざる国なし」
と。寛政の昔から第二次大戦終了直後の時代まで、日本肉桂の根皮を「桂枝」の代薬として用いていたと考えられます。
薬用部分は、セイロンケイヒは枝の皮、カッシアは幹の皮、日本ニッケイは根の皮を用います。
肉桂(にっけい)は 腹冷痛(はらひえいたみ) 手や足の ひえをあたため 血を破るなり
肉桂は 上皮ばかり 削捨(けずりすて) 剉(きざ)てつかひ 火をばいむてふ
桂心(けいしん)は 心腹(むねはら)のひえ 温(あだた)めて 霍乱腰痛(くわくらんようつう) 腎積(ちんしゃく)を治(ぢ)す
桂心は 皮計削(かはけいけづ)りつつ くだきてつかへ 火(ひ)をは忌(いむ)也
桂枝温(けいしうん) 汗(あせ)を止(とめ)めつつ 筋(すじ)をのべ 手足(てあし)のしびれを 能治(よくぢ)する也
桂枝こそ 肉桂同事(につけいどうじ) なるぞかし 上皮(うはかは)をさり 剉(きざみ)み用(もちひ)よ
(橋本竹二郎訳『新編和歌能毒』)
桂枝 薬味薬性 辛温 気剤
『神農本経』に
「味辛温。上気気、咳逆気、結気気、喉痺気、吐吸気を主る、関節を利し水、中を補い脾、気を益す気、久しく服すれば神に通じ、身を軽くし、老いず。
『名医別録』に
「無毒。心痛気、脇風気、脇痛気、筋を温め血、脈を通じ血、煩を止め気、汗を出す水を主る。」
解説:
桂枝の証は、水毒を皮膚から汗として出している状態で、桂枝自体はいわゆる発汗剤ではなく、皮膚が湿っているときに皮膚表面を乾かして水分の発散を助ける気剤です。
傷寒論の桂枝の入る処方には次の五つの条件が付いています。
『脈浮(弱)、頭痛(重)、発熱、自汗、悪寒(風)』
桂枝湯は桂枝3両、芍薬3両、で、その病態は皮膚から余分な水分を発散しているために、血液が体表面に集まり、その結果、裏の脾胃は貧血し弱っている状態です。処方構成をみると、桂枝・芍薬・大棗・生姜・甘草の順になっています。
桂枝は体表の現場処理をし、芍薬はその原因である裏の水をさばき、大棗は胃を守り、生姜は大腸を守り、桂枝・生姜と気剤が二味入るので、これに対応して脾胃剤の甘草が追加されている。
成分:日本肉桂は地上部に主にオイゲノールを含み、根皮に桂アルデヒドの精油成分がある。後者を多く含む方を薬用とする。外国産の物は地上部の枝に桂アルデヒドを含む。
・健胃、整腸に 乾燥した根皮(肉桂)の粉末を1日に0.3~1g、2回に分けて、食前に水で服用する
・かぜの初期の発汗、解熱、神経痛に 桂枝湯(肉桂または桂枝、芍薬、大棗、生姜各4g、甘草2gが1日量)を水400㏄で煎じて、冷めないうちに、1日3回に服用する。肉桂は多くは漢方処方を配合して用いるもので、桂枝湯はその1例です。
薬用となるのは桂皮。桂皮は辛くて香気がある、桂アルデヒドを含む精油が主成分で、頭痛、発熱、悪風、体痛、逆上などに使う。桂皮を配合する主な処方に、桂皮甘草湯、桂枝湯、葛根湯、桂枝加芍薬湯、安中散、小青竜湯、柴胡桂枝湯などがある。生薬として大量に桂皮を得るためには、2、30年経った木を栽培して皮をはぎ、日干しにするが、家庭で調整するには野生化したものの小さな根を掘りとり、水洗いして日干しにすればよい。
ところでカゼといえば葛根湯が有名だが、胃腸の弱い人は気持ちが悪くなる。そんな人は桂枝湯がよい。一般に胃腸や体が丈夫でない人のカゼは寒気、頭痛、発熱の症状が丈夫な人にくらべて激しくなり、発汗しやすい傾向がある。こんなときに桂枝湯が効く。
民間療法として肉桂は健胃、整腸にも用いられる。1日量は5~8g。これを煎じて食前に飲む。また肉桂の葉を陰干しにし、布袋に詰めて風呂に入れると、精油の作用で体をあたためる効果がある。浴剤としても使われてきたのだ。
京都の八ツ橋、郡上八幡の肉桂玉などの有名な和菓子にも肉桂は使われる。シナモンと横文字の名前にすれば洋菓子に使う香料になるし、コーラの主成分の香りまで肉桂なのだ。正月を祝う屠蘇散にも肉桂は欠かせない。そして何よりも、多くの漢方処方に配合されるのは、ニッキのような味があるからではなかろうか。