・植物名・薬物名・科名
ショウブ(白菖)、セキショウ(菖蒲)の根茎
・寄贈者名・産地・年月日・経歴
2003矢田氏(ショウブ)、セキショウ(関市洞戸高賀自生)
・薬用部位・開花・採集時期
ショウブ:収穫は11~3月。効能は、神経痛・リウマチに入浴剤。
セキショウ:収穫は5月。健胃・鎮痛・腰痛・耳痛
・繁殖法
3月に、3~4芽ずつ株分け開花は初夏。
・備考
(橋本竹二郎著『主治医』364)
(青田啓太郎著『草根木皮』)
(鈴木昶著『薬草歳時記』)
(『薬草カラー図鑑』)
(わたしの健康 別冊『薬草カラー図鑑』)
・両者の区別
ショウブ:葉は剣状で、中肋があり、長さは80cmくらい、光沢があり、よい香りがする。
セキショウ:ショウブよりやや小柄で、葉幅6~11mm、長さ20~50cmで2列に互生。ショウブの葉は中央の葉脈が盛り上がっているが、セキショウにはない。
とはいえ暑くなく寒くなく「節(せち)は五月にしく月はなし。菖蒲(さうぶ)・蓬(よもぎ)などのかをりあびたるいみじうをかし」(清小納言)と、また芭蕉は「あらとうと青葉若葉の日の光り]と、いずくをみても目映い新緑に包まれます。植物のみどりが、太陽の光を受けて、空気中の一酸化炭素を固定同化し、その結果として酸素を大気中に放出、私達の周囲は浄化された空気が立ち込めます。植物が元気よく成育するということは動物も、虫達も、そして私達人間も含めて呼吸が楽になり、その恩恵にあずかり、さやかな元気をとり戻します。
この月、気温は、適度に上昇。五月(さつき)晴(ば)れに吹く風も爽やか。子供の日には、生誕男児を祝う鯉(こい)のぼりを挙げます。これを「鯉の吹流し」とか「五月(さつき)鯉(ごい)」などといいます。「江戸っ子は、五月の鯉の吹き流し口ばかりにて腹はなし」と。
薬草の話に戻しましょう。ショウブとはサトイモ科の植物で「菖蒲」と書きます。根茎や葉に精油を含み浴湯料にします。俗に香(におい)菖蒲(しょうぶ)とよばれ、美しい花を咲かせるハナショウブと区別します。薬草を知らない人がこれらを混同して更に混乱を引き起こします。
草餅に用いるヨモギは三月からこの月始めごろまでに採集するのが
(橋本竹二郎著『主治医』364)
五日は「子供の日」、または端午(たんご)の節句と呼んでいます。五日は、夏の始まりです。その端(はじ)めの月の午(ご)の日が五月五日となりました。
端午の節句は、中国の古い時代のしきたりがわが国の上古に伝えられたもので、三月三日と同様に、忌むべき日とされています。そのため祭礼が行われ、御祓(おはらい)をして邪気をとり除きます。
この日を何ゆえ忌むべきなのか、その理由について諸説があり、必ずしも明確ではありません。これを現代的に考えれば、これからの暑くなる季節を迎えて、食べ物などが腐り易くなること、これに関連して食中毒や疫病のひろまりなど、その予防的な面を配慮したのかも知れません。
次ぎに季節の移り変わりによっておこる急激な気温の上昇、それらに伴なって起こる心身の不調、これらがストレスとなって誘発される心身症、気鬱(きうつ)の病、俗に五月病と言われるものなどに対する戒めのような意味があったかも知れません。
また、現代の日本の社会慣行となっている三月の年度末、四月の新年度、新学期のようなもので心身共に刷新の節目とするというのと同じで、当時は五月が新年度だったかも知れません。
この日には、粽(ちまき)や柏餅(かしわもち)をつくり、これを祭壇に供え、軒先にはショウブとヨモギを束ねて葺き、勇壮な鯉上りに五色の吹流しを風に靡かせ、また菖蒲(しょうぶ)湯(ゆ)に浴して邪気を払う習慣になりました。そして今も尚伝えられています。
菖蒲(さうふ)とは、サトイモ科のセキショウとショウブとを指しています。前者を石菖(せきしょう)と呼び、常緑の多年草、後者を白菖(ハクショウ)と称します。いずれも根茎や葉に精油分を含み、芳香を漂わす薬草です。菖蒲湯に用いられるのはこの白菖、つまりサトイモ科のショウブの葉です。菖蒲湯に入れば皮膚を清浄にして身体を温め、無病息災を約束されます。
ヨモギも大層有益な薬草です。蛋白、脂肪ビタミンAその他ミネラルを含み、食べて美味しく、搗(つ)いて餅に入れて芳しく、葉を乾かして艾(がい)葉(よう)といい、腸や子宮の止血剤。また葉裏の毛を集めて灸治療の「もぐさ」を作ります。虫刺されには生薬の絞り汁を用いて効があり艾(よもぎ)ローションを作るのも良作かと考えます。
あやめ草足にむすばん草鞋(わらじ)の緒(お)
(芭蕉)
湯上りの 尻にぺったりしょうぶかな
(一茶)
端午の節句を別名「菖蒲の節句」ともいわれます。
この風習は奈良時代にさかのぼり、昔は菖蒲枕(あやめまくら)、菖蒲酒、菖蒲帯、菖蒲湯、菖蒲茸(ふき)等の習慣がありました。今日でも、菖蒲湯、菖蒲酒や家の軒端にショウブを挿して魔除けとする菖蒲茸などの風習が残っています。
ゆく末広の菖蒲酒 これ百薬の長なれや
(長唄)菖蒲ゆかた
ショウブが“尚武(しょうぶ)”に通じること、さらに、その葉が強い剣に似ていることなどから、“破邪尚武”の意味となり、子供たちの健康や尚武を願って、これらの風習が始まったようです。また、これは“鯉の滝のぼり”の“鯉”に象徴されるとして、“鯉のぼり”を立てる風習になったようです。
ショウブの名は漢名の「菖蒲」に由来し、そのルーツは古書にある「蒲類の草として昌盛なるものだから菖蒲と名ずけた」によっています。
また、葉が沢山並び集まって、あたかも、“アヤ”のある模様のように見えることから、「アヤメ」とか「アヤメ草」とも呼ばれています。さらに、端午の節句に軒端に並べられるので“ノキアヤメ”なる名前もあります。
湿地や沼沢、水田の水路に自生する「ショウブ(水菖蒲)」と主に水の清い渓流の砂地に自生する「セキショウ(石菖蒲)」の根茎を共に使われます。
漢方の世界では、前者を「白菖」と、後者を「石菖」と称し、同様に使いますが、特に石菖の方を賞用します。
薬能は「九竅を通じる」とあり、鎮静・鎮痛・健忘症・ヒステリーや健胃整腸などに効き目があります。
民間薬では、爽やかな香を有していますので、浴湯剤として古くから常用されています。これは、冷え症・神経痛・リウマチ・筋肉痛・腰痛などに良いといわれます。また、血行を良くし、皮膚を滑らかする働きがあり、アセモやタダレの予防や治療に良い。
ショウブの花言葉は“優雅”とか“優雅な心”だそうです。
(青田啓太郎著『草根木皮』)
くちつけてすみわたりけり菖蒲酒
(蛇笏)
端午の節句が近づくと、街には菖蒲売りののどかな声が流れた。軒菖蒲といって、菖蒲と蓬をたばねて節句の前夜に家々の軒へ挿す習慣が、古くから続いていたのである。それは平安のころの薬玉の名残ともいわれた。
江戸をまたここに見つけた軒菖蒲
(春子)
菖蒲と蓬の強い匂いが邪気を払い、厄難を除く呪いとなったのであろう。節句を迎えると、菖蒲湯をわかしたり、菖蒲酒を酌んだり、柏餅やちまきを食べたりして息災を祝った。空には高らかに鯉のぼり。さわやかな五月の風景である。
江戸時代には、孫が男の子なら初節句に武者人形か幟を贈るのが常だった。古川柳に、
十人が九人しょうきか金太郎(柳7)
とあるように、ひげむしゃの鍾馗か力持ちの金太郎にあやかり、たくましく生きてくれとの願いがこめられている。何人も男の孫が続くと、
老いぼれの鍾馗日よけに身をやつし(柳38)
となってしまう。幟に描かれた豪傑も古くなるとカーテンに化けるのは、いかにも庶民の暮らし向きの反映ではないか。
そんな風習は、昭和になっても生きていた。端午は人日(1月)上巳(3月)七夕(7月)重陽(9月)とともに五節句の一つであり、生活のなかの区切りとして重んじられたのである。だから衣服を改め、季節への感謝を表す行事でもあった。
この季節に欠かせないショウブは、地沼や渓流のほとりに生える多年生草本である。根茎は太く横に走り、節が多い。葉は直立して多生し、長剣状の緑色多肉。光沢があり強い芳香を放つ。6月ごろ淡黄緑色の花を密生するがハナショウブとは微妙に違う。ショウブはサトイモ科、ハナショウブやアヤメはアヤメ科だから、植物学的には類縁がないのだ。菖蒲はそれらのものより葉や花茎が短く花期も少し早い。
薬用となるのは根茎。これを掘りとってひげ根を除き、日干しにした生薬を「菖蒲根」という。神経痛やリウマチの浴剤として使われる。菖蒲根を一握り分、布袋に入れて煎じた液を、袋ごと浴槽に移して入浴するのだ。中国では自生の菖蒲を生薬名を「白菖」といい、園芸品種のものを石菖と呼んでいる。
菖蒲にはアザロン、オイゲノールといった精油成分が多く含まれており、これが芳香を放つ。菖蒲湯につかると農作業のあとの腰痛や神経痛などをやわらげてくれるのは、この成分が鎮痛や血行改善に効くからだ。
影武者の一人が菖蒲湯に沈む(新吾)
これはまた微笑ましい句。そっくりの親子が浴槽につかり、ふざけあっている光景が目に浮かぶ。そして菖蒲湯と切り離せないのが柏餅と粽(ちまき)だ。
まだ母がいてありがたく粽むく(在我)
端午には関東で柏餅、関西で粽を食べる習わしがある。ちなみに柏の葉や笹の葉で食べ物を包むのも、その防腐性を利用した生活の知恵であろう。
そのほか民間療法としては、根茎を煎じて方向性健胃剤に用いたり、菖蒲の根と薄荷をうどん粉で練りあわせて歯痛に貼るとか、打ち身には菖蒲の黒焼を酢で練って貼る。などが伝えられている。ただし体質によっては、菖蒲の内服で吐き気を催すことがあるようだ。『食経』という書物には菖蒲が仙人になる食べ物の一つと書いてあるが、これを試した記録はない。
一株の菖蒲のこして田の畦の泥塗りたるは父にかもあらむ(良平)
(鈴木昶著『薬草歳時記』)
ショウブに近いもので、形も似ているがやや小柄。ショウブの葉には中央の葉脈が盛り上がって出ているが、セキショウにはない。根茎が発達して横に伸び、下面に根を出し、岩場にこの根で強くはりつく。1つの花は両性花で小さく、花被片が6枚、雄しべ6本、花糸は太く、短い。花後蒴果(さくか)を結ぶが、種子に長毛を生やしているのは特異である。
冬も葉が深緑色で、切れば香りがあるので、江戸時代から盛んに栽培され、高麗ゼキショウ、ビロウドゼキショウ、鎌倉ゼキショウなどの園芸種がある。
◆名前の由来
岩について生えること、ショウブに似ていることから石菖(せきしょう)の名ができたのであろう。漢名ではセキショウを菖蒲、ショウブを白蒲としている。
◆調整法
5月ごろ根茎を日干しに
◆薬効と用い方
◎健胃、鎮痛、腹痛に
1日量5~10gを煎じて、1日3回に分服
◎耳の痛みに
粉末にしてフライパンで炒り、熱いうちに布に包み、痛むところに当てて温(おん)罨法(あんぽう)する。
(わたしの健康 別冊『薬草カラー図鑑』)